大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和56年(モ)2775号 判決 1983年9月26日

申請人

一、塩谷正夫

外二、以下六八六名

右申請人ら訴訟代理人

藤原光一

伊多波重義

井上善雄

大江洋一

大槻守

杉山彬

辻公雄

並河匡彦

林信一

福山孔市良

松岡康毅

守井雄一郎

數下登久

被申請人

近幾日本鉄道株式会社

右代表者

上山善紀

右訴訟代理人

小長谷国男

石井通洋

山田忠史

中筋一朗

高沢嘉昭

益田哲生

荒尾幸三

今井徹

柏木幹正

山田長伸

為近百合俊

主文

一  大阪地方裁判所が同裁判所昭和四八年(ヨ)第二四五四号、同第二八〇三号建築続行禁止仮処分申請事件について昭和四八年一〇月一三日にした仮処分の主文第一項は、これを取消す。

二  本件仮処分申請中、右取消にかかる部分はこれを却下する。

三  訴訟費用は申請人らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮にこれを執行することができる。

事実

〔当事者双方の申立〕

一  申請人らは「主文第一項掲記の仮処分決定第一項を認可する。」との判決を求めた。

二  被申請人は主文と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めた。

〔申請人らの主張〕

一当事者

1被申請人は、別紙図面(一)の(1)の位置に、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という)及び同目録二記載の建築物(以下「藤井寺球場」という)を所有している。

2申請人らのうち、別紙申請人目録番号一ないし二九五の合計二九五名は、別紙図面(一)の(2a)、(2b)(春日丘三丁目)及び(3)(春日丘一丁目及び春日丘二丁目)で示される春日丘団地域内に居住し、申請人目録番号二九六ないし三八三の合計八八名は、同図面の(4)で示される都市整備公団春日丘団地(以下「春日丘団地」という)内に居住し、申請人目録番号三八四ないし六八七の合計三〇四名は、同図面の(5)で示される恵美坂一丁目地区内に居住している。これらの地域は、いずれも藤井寺球場に隣接しており、右球場の外壁を起点として測定した各地域までの距離は次のとおりである。

春日丘一丁目 五〇メートルないし一五〇メートル

春日丘二丁目 二〇メートルないし二五〇メートル

春日丘三丁目 数メートルないし二五〇メートル

春日丘団地  一五メートルないし二〇〇メートル

恵美坂一丁目 五〇メートルないし四〇〇メートル

二申請人らの居住地域の環境と右地域形成の経緯

1申請人らの居住する藤井寺市は、古代文化発祥の地であつて、古墳や史蹟、神社仏閣が非常に多く、緑に囲まれた閑静な住宅都市を形成しているのであるが、その中でも、特に申請人らの居住する春日丘地域、春日丘団地及び恵美坂一丁目地区は、後述のとおり被申請人自らが「理想的住宅地」を目指して開発した住宅地であつて、良好な住宅環境に恵まれている。

そして、都市計画法に基づく用途地域の指定においても、申請人らの居住する場所は、そのほとんどが、「良好な住居の環境を保護するため定める」住居専用地域に指定されており、藤井寺球場の敷地自体も「主として住居の環境を保護するため定める」住居地城に指定されているのである。

2申請人らの右住居地域は、被申請人及びその前身である大阪鉄道株式会社(以下「大鉄」という)によつて開発されたものである。すなわち、大鉄は、大正一二年に天王寺・道明寺間に鉄道を開通させ、その経営発展に不可欠のものとして沿線の住宅開発に力を入れ、大正一四年に現在の藤井寺球場周辺の土地一〇万八〇〇〇坪余りを買収した上、昭和二年三月、現在の春日丘一丁目及び春日丘二丁目にある造成地(別紙図面(一)の(3)の地域)を「春日丘高級住宅地」の歌い文句で分譲し始めた。そして、大鉄は、右住宅地経営を促進するため、当時中等学校野球熱が盛んで阪神甲子園球場などが成功を収めていることに刺激を受けて昭和三年五月本件土地上に藤井寺球場を建設し、また、これと同時期に藤井寺球場に南接する二万二〇〇〇坪の土地上(同図面(4)の地域)に、自然美の保存と中学生及び小学校児童に教材用動植物等の資料を提供するとの趣旨で、藤井寺教材園を開設した。続いて昭和四、五年ころ、大鉄は、現在の春日丘三丁目にある造成地(同図面(2b)の地域)を「子弟の教育上好適の環境を持つ」と宣伝して分譲し始めた。

その後、右藤井寺教材園の敷地は日本住宅公団に売却され、昭和三五年ころその地上に春日丘団地が完成したが、これと相前後して当時既に大鉄の事業を引継いでいた被申請人は、現在の恵美坂一丁目にある恵美坂住宅地(同図面(5)の地域)を「すばらしい環境の文化住宅地」として分譲し、更に、昭和三二年ころから昭和四二年ころにかけて同図面(2a)の地域の球場敷地内の土地をも住宅地として分譲した。

3被申請人は、右恵美坂住宅地を分譲するに際し、売買契約書に「買主は売主(被申請人)の経営する住宅地の風致を損うことのないよう、建築の着工前に建物及び付属工作物の計画書を売主に提出し、その同意を得なければならない。」との条項を設け、二階建の建物を建てないこと、店舗として使用しないこと、垣根は生垣とすることなど、細かな条件を付けて分譲したのであつて、申請人らの居住地域は、このようにして被申請人自らの経営開発により「理想的住宅地」としての環境が形成され、申請人らも良好な住宅環境を求めてここに居を定め、その環境の保持改善に努めて今日に至つているのである。

三藤井寺球場の現在までの利用状況等

1藤井寺球場は、昭和三年五月に開設されて以来、スポーツを楽しむスポーツ設備として機能してきたのであつて、第二次世界大戦前は、主として中等野球、大学野球や運動会に利用され、戦後は、全国高校野球選手権大会大阪地区予選、全国高校軟式野球選手権大会、運動会などに利用されていた。

2ところで、被申請人は、昭和二四年末本拠地を藤井寺球場とするプロ野球球団「パールズ」を結成したが、成績が奮わず人気もなかつたため、観客動員数も一試合当り一〇〇〇人を越えることはなかつた。そのためか、被申請人は、昭和三三年「パールズ」から「バッファローズ」と改称して本拠地を藤井寺球場から大阪市内の日生球場へ移し、それ以来、近鉄バッファローズ球団(以下「近鉄球団」という)は、そのホームゲームの大半を日生球場で消化しており、現在、藤井寺球場では、近鉄球団主催の年度連盟選手権試合(以下「公式戦」ともいう)が数試合行なわれているだけで、あとは二軍戦やアマチュア野球のみに利用されている。ちなみに、昭和四七年度に藤井寺球場で公式戦が行なわれたのは、年間わずかに七日間であつた。

3そして、このように近鉄球団が藤井寺球場から日生球場に本拠地を移したことは、一般には藤井寺球場が将来縮少ないし廃止の方向にあるものと受取られ、プロ野球に関しては本格的プロ野球場としての使用は放棄されたものと受取られたが、被申請人は、これと時を同じくして、前記の如く、藤井寺教材園を日本住宅公団に売却し昭和三五、六年ころから前記恵美坂住宅地を分譲し、更に、昭和三六、七年ころからは球場敷地内の土地までも分譲するようになつたため、申請人らは、藤井寺球場の利用の縮少、廃止の方向が決定的であるとの印象を受けたのである。

四被申請人のナイター計画と本件照明工事

1ところが、被申請人は、昭和四八年二月二六日、突如記者会見をして、藤井寺球場にナイター設備の設置を含む増築、改装を施し、同球場を名実共に近鉄球団のフランチャイズ球場とする旨発表し、その理由として、(1)ホームグランドの確定で選手の士気を高めること、(2)藤井寺球場付近の宅地化が進むで人口が増加し、ファン動員の増加が期待できること、(3)中央環状線、外環状線、名阪国道など幹線道路網も面期的に整備され、球場への足の便が良くなつたことなどを挙げた。

2そして、被申請人は、昭和四八年三月二四日大阪府に対し別紙工事内容目録記載の増改築工事(以下「本件増改築工事」という)の確認申請手続をし、同年五月一四日右確認を得た上、同年七月二三日ころから本件増改築工事を開始した。

主文第一項掲記の仮処分決定によつてその続行を禁止されたのは、本件増改築工事のうち、別紙工事内容目録一記載の照明塔に関する工事(以下「本件照明塔工事」という)であつて、その内容は、右目録記載の構造で別紙図面(二)記載の形状を有する照明塔六基を別紙図面(三)のうち赤線で囲まれた各部分に設置するというものである。

五申請人らの被る被害

本件照明塔工事が完了すれば、藤井寺球場でプロ野球のナイター興行が行われることは必至であるところ、右興行は通常午後六時ころから午後一〇時ころまでの間行なわれるので、従来、静かで落ちついた憩いの時であつた右時間帯及びこれに前後する時間帯に多数の観客が来集することなどのため、申請人らが次に述べるとおり様々な被害を被ることが予想される。

1球場騒音による被害

(一) 申請人らの居住地域のほとんどは、第一種又は第二種住居専用地域に指定されており、従来から閑静な住宅地として良好な住宅環境が形成されてきたのであつて、騒音についても、申請人らの居住地域の環境騒音(暗騒音)は、昭和四六年五月二五日公害対策基本法第九条に基づき閣議決定された騒音に係る環境基準(以下「環境基準」という)をほぼ満足している。

すなわち、大阪府では、申請人らの居住する第一種及び第二種住居専属地域を、環境基準にいう「主として住居の用に帰された地域」に指定しているが、環境基準によれば、道路に面しない右地域の環境基準値を、昼間五〇ホン(A)以下、朝・夕を四五ホン(A)以下、夜間を四〇ホン(A)以下と定めている。そして、申請人らが昭和五三年一二月一七日と同月二一日の両日に別紙図面(四)記載の各地点のうち、別表(一)の地点欄記載の各地点において環境騒音を測定した結果は、同表記載のとおりあり、また、藤井寺市が昭和五三年一〇月に測定した同市恵美坂一丁目九番一一号(キリスト教会前)及び同市春日丘二丁目九番二号の各地点における環境騒音の値は、別表(二)記載のとおりであつて、申請人らの居住地域における夕方から夜にかけての暗騒音は中央値で平均四五デシベル前後である。

(二) ところが、藤井寺球場でプロ野球の試合が行なわれると、昼間でも大きな騒音が発生するのであつて、人場者実数七六〇〇人ないし一万三四〇〇人の試合の場合、球場外壁付近である別紙図面(四)のB0、C0、D0、E0の各地点における騒音は、パワー平均値の中央値においてすら六二ないし六六デシベル(ホン)であり、満席時には、右C0地点で七七デシベル、同D0地点で七六デシベルに達している。

藤井寺球場でナイター興行が行われれば、中央値平均四五デシベルの暗騒音しかなかつた申請人らの居住地域において、夜間三時間ないし四時間(ときには四時間以上)もの間右のような騒音が発生するのである。

(三) しかも、一般に野球場から生じる騒音は中央値によつて評価すべきものではない。中央値による評価では、例えば功守交替時のような比較的静かな時間帯の騒音も、エキサイトした応援が続き試合が最高潮に達した時間帯の騒音も全く区別しないが、野球場の観覧席からは、接戦の際は、走者が塁を埋めるとき、投手の投げる一球、一球に喚声がわき起こり、ストライク、ボールの判定にも双方のスタンドから大きなどよめきが起こるのであつて、球場周辺の住民はこのような音をこそ騒音と感じるのであるから、球場騒音はこのような喚声やどよめきを把握できるピーク値によつて評価しなければならない。

藤井寺球場の場合も観覧席上段の球場外壁に近い地点における騒音のピーク値は、満席時には一〇〇デシベルを超えることがあり、その大部分は八〇デシベルを超えている。また、入場者実数七六〇〇ないし一万三四〇〇人の試合の場合でも、ピーク値の大部分は、満席時の中央値である七六デシベルを遥かに超えている。そして、これらのピーク値は、一分間に一回程度の頻度で発生し、一ないし一〇秒間継続するのであつて、理場騒音は極めて大きく、しかも極めて変動性が高いものである。

(四) しかも、以上のような球場騒音は、藤井寺球場周辺の申請人らの居住地域へ、かなりの大きさのままで到達する。これを最も影響が甚大と思われる春日丘団地五号館についてみると、藤井寺球場から発生する球場騒音は、別紙図面(四)のD0点(球場外付近)からD点(右五号館の三階から四階へ通ずる階段の踊場)に達するまでに約五デシベル、D0点からD点(同五号館一階)に達するまでに約一五デシベルしか減衰しない。そして、春日丘団地五号館とほぼ同程度の騒音が、春日丘三丁目の一部及び春日丘二丁目の大部分に及ぶのであり、ピーク値の騒音は、右五号館ほどひどいものではないにしても、春日丘地域一帯はもちろんのこと、恵美坂地区にも及ぶのである。

2自動車による被害

(一) 被申請人は、当初、藤井寺市周辺の道路網が整備されたため自動車を利用する観客の増加が期待できることを最大の理由として、藤井寺球場のナイター化を計画したが、藤井寺球場は自動車による観客の来場を期待するには不適当な立地条件にある。すなわち、まず、藤井寺球場が住宅地の真ん中にあるため、幹線道路から球場までは、幅六ないし八メートル程度の住宅地の生活道路を通らなければならないし、また、藤井寺球場に近接して近鉄南大阪線が東西に走つているため、自動車の交通は南北に分断されているのである。これに加えて、被申請人が駐車場に対する配慮を欠いたため、藤井寺球場の観客収容力に比べて駐車場は極めてわずかの収容力しか確保できなかつた。このようなことから、別紙工事内容目録二ないし五記載の各工事完成後に藤井寺球場で行なわれた公式戦のデーゲームの際に、申請人らを含む右球場の周辺の住民は、多数の観客が自動車で来場することから生じる様々な被害を被るようになつた。被申請人も右被害の発生がとうてい避け難いことを認識し、ついに駐車場を全面的に閉鎖して観客には自動車で来場しないよう呼びかけるという方針をとり、現在に至つている。しかし、大阪周辺の交通網は大阪市を中心として放射状に形成されてきたため、近鉄南大阪線沿線以外の場所から公共交通機関を利用して藤井寺球場へ往復するには極めて不便であるが、自動車による交通だけは中央環状線や外環状線等、藤井寺市周辺の道路網が整備されたことによりその不便が解消されているので、被申請人が右のような方針をとつていても、自動車による藤井寺球場への来場が減るものとはとうてい考えられない。

(二) そして、右のように藤井寺市周辺の道路網は整備されているにもかかわらず、藤井寺球場付近の道路は幅員が狭いため、現在でも藤井寺市内の交通は相当混雑しているのであるが、ここに藤井寺球場を目指す多数の自動車が集中すれば、自動車の発する排気音、クラクション、タイヤ音等の騒音がかなりのものになることは明らかである。特に、藤井寺球場における試会の終了後は、細い道路を急ぐ自動車が一斉に動き始めて車の渋滞が続くため、いらいらした状態で不必要に発せられる排気音やクラクションの音などで騒音は更に増大し、しかも、藤井寺球場周辺から自動車が立ち去るまでには相当長時間を要するので、申請人らはナイター終了後も深夜に至るまで自動車の発する騒音に悩まされることになる。

(三) また、藤井寺球場に集中した自動車は、同球場内の駐車場が閉鎖されるなど十分な駐車場が確保されていないため、その置場がなくて申請人らの居住する地域の路上に駐車することは避けられない。このことは、藤井寺球場周辺の地域が全面的に駐車禁止区域とされている現在も変りがないのであるが、ナイター興行により更に路上駐車が増えれば、申請人らは居宅の出入口をふさがれたり通行を妨害されたりして、災害時や急病人発生時など緊急の場合に障害になるだけではなく、駐車時のドアの音やエンジンの音などによる被害を被るおそれがある。

(四) 交通事故は近年大阪市内よりもその周辺都市において多発する傾向にあり、藤井寺市においても、周辺に幹線道路が多いこと、市内の道路が狭く入り組んでいることなどのため、交通事故が急激に増加している。しかも、交通事故が発生するのは午後四時ころから午後八時ころまでの間が最も多いのであつて、ナイター興行が実施されて藤井寺球場に自動車が集中すれば、交通事情はますます悪化して、交通の渋滞はその度を増し、交通事故も急増する。殊に、右球場内の駐車場が閉鎖された現在、多数の自動車が駐車場所を探して申請人ら居住地域の狭い道路を右往左往することになり、周辺の住民にとつて極めて危険な事態をもたらすことになる。

(五) 更に、藤井寺市では、西名阪交速道路、中央環状線、外環状線等が開通して自動車の交通量が急増し、昭和四六年以降光化学スモッグの被害が発生するようになつた。この光化学スモッグの発生の原因について、大阪府の公害室は、調査の結果、陸地で排出された汚染物質が早朝から午前中の陸風で大阪湾上に運ばれて滞留し、強い日照を受けて一部が光化学反応を起こし、この汚染物質と光化学スモッグのかたまりが日中の海風で再び陸地に吹戻され、吹戻された汚染物質が陸地の発生源から排出された一次汚染物質と相乗作用を起こして濃度を高めることを確認し、その汚染物質の主たるものは工場や自動車が排出するガス(窒素酸化物等)であると認定している。藤井寺球場でナイター興行が行なわれれば、光化学スモッグの発生する時期に多数の自動車が右球場周辺に集中するのであるから、この自動車が一時に申請人らの居住地域で排出するガスは一次汚染物質として滞留し、この地域における光化学スモッグをより一層深刻なものにすることが予想される。

3照明による被害

(一) 藤井寺球場でナイターを実施するためには、本件照明塔工事によつて造られる照明塔(以下「本件照明塔」という)六基から照明を行なわなければならない訳であるが、この照明のために発せられる光は非常に強度のものである。ところが、申請人らの居住する地域及びその周辺には、まだ田畑や池、川などが多く残つているため、通常の状態でも右地域には多数の虫が飛来するのであつて、このような環境の中で前記のような強い照明を長時間継続するならば、申請人らの居住する地域には周辺からあらゆる種類の虫が多数飛来し、申請人らの居宅内に入り込んだり、申請人らが何年もかかつて丹精を込めて植栽してきた植木類を枯らすなどの結果を生ずる。

(二) また、藤井寺球場に隣接し、あるいはその近隣に居住する申請人らは、照明の光がまぶしくて夏でも光を遮断するカーテンなどをしなければならず、それでも照明の光のために睡眠を妨害されるし、このような強い光が動植物に及ぼす影響も無視できない。

4照明塔の存在による被害

本件照明塔は、最も隣接した住民にとつては、わずか六〇センチメートルの至近距離に建築される予定となつている。このため、威圧感が著しく、落雷による被害の不安も大きい。

5その他の被害

藤井寺球場でナイター興行が実施されると、プロ野球を観戦する三万人以上の群集が夜間に来集することになるのであるが、そうなれば、右球場周辺の治安や風紀が乱れ、衛生上問題のある事態も発生して、申請人らの居住する地域の住環境は、耐えることができない程に悪化してしまう。以下、その具体的な例を挙げる。

(一) プロ野球では、相手方球団と勝率が僅差のとき、対戦する球団が優勝を争うとき、好試合で白熱したときなどに、ファンは群集心理によつて異常な興奮状態に陥り、自分の応援する球団が負けたときなど、その興奮が欲求不満となつて、はけ口を誤まることもしばしばある。ところが、藤井寺球場にはこのような群集の興奮を吸収し鎮静させるだけのオープンスペースがないので、申請人らの居住する地域が群集の興奮による影響を直接被ることになる。

また、夜間にプロ野球の興行を行なえば、弁当・飲料水・酒等を売る露店商人が必ず集まつて来るし、球場に来た観客達も試合の興奮の余韻が残つているため、観衆が試合終了後直ちに帰宅するとは限らない。申請人らの居住する地域も、これらナイターの観衆目当ての露店によつて、次第に喧噪を極めるようになる。

(二) 野球には賭博行為がつきものであつて、現にプロ野球を対象として大規模な賭博行為が行なわれており、これが暴力団の資金源にもなつている。したがつて、藤井寺球場でナイター興行が実施されると、藤井寺の街にも暴力団が流入してくるおそれがあるだけでなく、同球場周辺にはいわゆるダフ屋がうろつき、申請人らの居住する地域は得体の知れない人々の参集地に変化してしまう。

(三) プロ野球の試合が行なわれる時は、球場周辺で暴力事犯・窃盗・のぞき見等の犯罪が通常時よりも多発するものであるが、ナイターが実施されれば、夜間のことでもあり、各種犯罪が一層増加することが予想される。

(四) 試合が終了後に球場外に出た観客の中には、立小便をする者が多く、その放尿の跡は翌日まで臭気が残り、周辺の住民を悩ますことになる。

(五) 藤井寺球場の観客席から試合中に投げ散らされる紙吹雪は、風に乗つて近隣の住宅の屋根や庭に舞い降り、その場にこびりつくし、また、試合が終つて帰路につく観客は、飲食物の残り・空びん・空かんなどを投げ棄てる。これらの塵芥のため、申請人らの居住する地域は極めて不衛生な状態となる。

六藤井寺球場ナイター化の違法性

1分譲主責任としての環境保全義務違反

(一) 被申請人は、その前身である大鉄時代から、「良好な環境」「高級住宅地」を中心的な開発方針とし、これを「土地商品」の最大のセールスポイントとして、申請人らの居住する地域を開発、分譲してきたのであつて、昭和二年に現在の春日丘一丁目及び春日丘二丁目の造成地を分譲して以来昭和四二年ころ球場敷地内の土地を分譲するまでの四〇年間、右セールスポイントが分譲地の価格決定の大きな要素となつており、居住環境の維持そのものが被申請人の利益と結び付き、被申請人に大きな利潤をもたらした。それ故、被申請人は、開発した宅地全体の「高級住宅地」としてのイメージを維持し分譲地の「土地商品」としての品質を確保する必要から、土地の買主に風致の維持向上を義務付けたのであるが、この風致維持義務ないし環境保全義務は、買主が一方的に負うものではなく、被申請人と買主らとの間の個々の契約を通じて形成された特殊な契約関係ないしは信義則に基づき、分譲主である被申請人も負担する、相互的な義務である。なぜなら、「良好な環境」「高級住宅地」というものは、一定の地域の広がりの中での個々の住宅の集合体としての観念であるから、分譲主が分譲地域全体の「良好な環境」を維持する責任を果さない限りその目的は達成することができないからである。そして、「土地商品」の重要な要素として右「良好な環境」が包含され、それが土地の売買価格に反映しているのであるから、被申請人の前記環境保全義務ないし風致維持義務は、売買契約の当然の内容をなしていると言わなければならず、また信義則上も当然に右義務の存在が肯定されるべきである。

(二) 住宅地における良好な環境を保全するためには、多数の人や車が集合する可能性のある建物、施設を造らないことが最も重要であつて、このため、建築基準法第四八条は、第一種、第二種住居専用地域及び住居地域はもちろんのこと、近隣商業地域内においてすら一切の劇場、映画館、演芸場、観覧場の設置を禁止し、また、住居地域においては、床面積の合計が五〇平方メートルを超える自動車車庫の建築すら禁止しているのである。しかも、右各規定による制限は何人に対しても課せられる一般的制限であるが、被申請人は、分譲主として前記環境保全義務を負うのであるから、住宅環境保全のために右一般的制限よりも一層大きな制約に服すべきである。

この様な観点からすると、被申請人が計画している藤井寺球場におけるナイター興行の実施は論外であつて、騒音や自動車などによる具体的被害の程度を論ずるまでもなく、夜間に多数の観客を集めること自体を理由として、右興行は許されないものと言わなければならない。

(三) 藤井寺球場そのものは、建設以来、周辺の住宅地の環境とは一定の調和を保つてきたのであつて、戦前は、藤井寺球場、藤井寺教材園、分譲宅地の三者が調和して、まさに「高級住宅地」「子弟の教育上好適の環境を持つ」という宣伝文句に合致した住宅環境が形成されていた。また戦後は、昭和二四年末にパールズ球団が結成され、しばらく藤井寺球場を本拠地として使用していたが、昭和三三年球団名をバッファローズと改称すると共に近鉄球団は本拠地を藤井寺球場から日生球場に移転し、被申請人は、これと時を同じくして藤井寺教材園の敷地を日本住宅公団に売却し、次いで昭和三五、六年ころから恵美坂住宅地を分譲し、昭和三六、七年ころからは球場敷地内の土地までも分譲するに至つた。こうして、被申請人は、「高級住宅地」として球場周辺や球場敷地内の土地を売却してきた分譲主としての責任もあつて、藤井寺球場の利用も減少させ、同球場そのものを縮小、廃止する方向を目指してきた。

ところが、被申請人は、ほぼ完全に球場敷地内の売却可能な土地を売り尽した上で、突然ナイターによるプロ野球の夜間興行の方針を発表し、本件増改築工事を強行してきたのであつて、これは、宅地購入者に対する詐欺的商法と非難されてもやむを得ないであろう。

(四) 右の(二)及び(三)に述べた事情から明らかな通り、本件ナイター計画は(一)で述べた分譲主としての環境保全義務に違反するものであつて、到底許されるものではない。

2都市計画法、建築基準法に対する実質的違反

(一) 藤井寺球場周辺の地域は、昭和四五年八月一七日都市計画法所定の告示により、そのほとんどが住居専用地域に指定された。同球場の敷地自体は住居地域と指定されたが、これは現に球場の敷地になつているからとの理由によるだけのことであつて、周囲の状況からすれば本来住居専用地域に指定されてしかるべき場所である。

住居専用地域は「良好な住居の環境を保護するため」、住居環境は「主として住居の環境を保護するため」にそれぞれ定められたものであつて(都市計画法第九条第一ないし第三項)、建築基準法はこれを受けて右各地域内における建築物に制限を加えており、藤井寺球場のような観覧場は右のいずれの地域内においても建築が禁止されている(建築基準法第四八条第一ないし第三項)。したがつて、藤井寺球場の存在自体が既に現行法規の趣旨に違反しているのであつて、ただ同球場が建築基準法等の施行以前から存在していたため、既得権の侵害を許さないとの法原理に基づいて、辛うじてその存在が許されているにすぎない(同法三条二条)。

(二) しかも、既成事実として存在が認められるものであつても、住居地域内に存在する観覧場については、その増改築が本来的に禁止されている(建築基準法第三条第三項第三号)のであつて、例外的に増改築が許されるには、増改築の施設活動から生じる種々の活動(交通・騒音、群衆など)によつて従来の環境秩序が乱されることなく、かつ都市施設容量と調和を保つて生活状態に障害を及ぼさないことが前提となるのであり、用途不適格機能の内容が助長されることなく、施設存続上やむを得ない活動の伸びを現状の微増にとどめる場合に、はじめて例外的措置として増改築が許されるのであるから、前記の如き結果を招来する本件照明塔工事は右の法の趣旨に反するものであつて、本来許されるべきものではない。

(三) 藤井寺球場は、当初学生野球の利用を目的として設置され、周辺住宅地の環境に彩りを添える藤井寺教材園その他の施設と共に、文化的施設あるいはスポーツを自ら行う施設として企画されていたもので、観覧を目的としたものではなかつたのであり、戦後一時期、藤井寺球場でプロ野球の興行が行われたものの、立地上、環境上の条件が観覧地としてふさわしくなかつたため、昭和三三年に近鉄球団が実質上の本拠地を日生球場に移転した後は、藤井寺球場は観覧場としてはほとんど使用されなくなつた。この間、被申請人は、藤井寺球場周辺に住宅地を開発、分譲し、ついには、球場敷地内の土地までも宅地として昭和四二年ころまでに分譲するに至つたのであつて、藤井寺球場は、スポーツ施設としてはともかく、観覧場としては機能縮少の途をたどつてきたのである。

右のような歴史的経緯に鑑み、藤井寺市は、前記の通り昭和四五年八月藤井寺球場の敷地及びその周辺地域を住居地域ないし住居専用地域に指定し、また、昭和四六年三月に策定した「藤井寺市総合計画」において、将来「住宅文化都市」を目指すとの方針を打出した。

このように、申請人らを含む藤井寺球場周辺の住民ばかりでなく、被申請人も、藤井寺市も、同球場周辺の地域について今後とも住宅地としてより良い環境を形成する方向で町づくりを進めようとしているのであるから、藤井寺球場のような住宅系用途に不適合な施設は、たとえ法の適用除外措置としてその存在が認められていたとしても、その不適合機能を抑制することはもちろん、徹去ないしは他所への移転の方向で将来の在り方が検討されるべきものである。

(四) 前述のように、藤井寺球場は主としてスポーツ施設として存在し、観覧場としての機能は縮小、消滅しつつあつた。このため、昼間でさえ昭和四七年には年間に七日公式戦が行われたにとどまり、夜間ともなればスポーツ施設としても全く機能せず、かえつて静穏な住宅環境と共存していたのである。

本件照明塔工事が完成してナイター興行が実施されれば、今まで夜間全く機能していなかつた施設を夜に機能させ、三万人以上の人間を呼び集める観覧場に変質させることになるのであつて、藤井寺球場に本件照明塔工事を施すことは、プロ野球のための本格的球場すなわち観覧場を新設するのと何ら変わりがない。

このように、本件照明塔工事は従来の施設の機能の延長線上にはなく、全く別の新たな機能を作り出すものである。そして、新たな機能を創設するような増改築は、例外的措置として許される増改築の範囲をはるかに超えるものである。

(五) 以上のとおり、本件照明塔工事による藤井寺球場のナイター化は、申請人ら住民、被申請人及び藤井寺市の三者が一致して目指すまちづくりの方向に反する点においても、同球場の機能を質的に変化させてプロ野球のための本格的球場を作り出す点からしても、都市計画法及び建築基準法の趣旨に基本的に抵触する。

七本件ナイター計画の不当性

1藤井寺球場ナイター化の必要性の欠如

被申請人は、本件ナイター計画を発表した当時、その理由として、(1)ホームグランドの確定で選手の士気を高めること、(2)藤井寺球場付近の人口が増加してファン動員の増加が期待できること、(3)藤井寺市周辺の道路網が整備されて球場への交通の便が良くなつたことなどを挙げた。しかし、(1)の点は選手や関係者の気持ち次第であつて、現に近鉄球団は昭和五四年と昭和五五年の二度にわたりリーグ優勝を遂げているのであり、(2)の点では、人口が増加したのは藤井寺球場付近に限つたことではなく、また多くのファンにとつては藤井寺球場よりも日生球場の方が利用し易い。そして、(3)の理由は藤井寺球場内の駐車場を閉鎖して観客に自動車で来場しないよう呼びかけている今日では全く意味がない。

被申請人は、そのほか日生球場を本拠地とすることからくる種々の制約を主張するが、いずれも昭和三三年に近鉄球団が本拠地を日生球場に移した時点で既に十分判明していたのである。しかも、借用球場である点、日程上制約を受ける点、練習場が別である点は、いずれも他球場にも存在することであつて、これらの制約は取るに足りず、わずかに残る不都合は、何年に一度あるかわからないオールスター試合や日本選手権シリーズ試合等のビッグゲームを日生球場ではできないということだけであるがこれとて、従来大阪球場を借りることで賄つてきており、実際には不都合は生じていないのであつて、藤井寺球場にナイター設備を設置するだけの合理的な必要性は全くない。

2オープンスペースの不足

大群集の集まる観覧場においては、様々な精神状態の人と人とが接触を余儀なくされるため、種々の問題が生じがちであり、時には不測の事故も生じかねない。殊に、プロ野球興行の行なわれる野球場では、試合終了後帰途に就いた観客は、試合に興奮したり、残念がつたり、怒つたりしながら移動し、途中で飲み物を飲んだり、放吟したり、座り込んだりしてその喜憂を発散させるのであるから、そのような危険性が極めて高いのである。このような大群集の興奮を鎮静させるためには、野球場の周囲にその数倍に匹敵する広さのオープンスペースを設けることが必要であつて、現にプロ野球の各球団が本拠地として使用している各球場(近鉄球団にあつては日生球場)は、住宅の全く存しない都心の繁華街若しくは都心を遠く離れた郊外に建設されるか、あるいは公園等の施設と一体となつた広大なオープンスペースを配している。ところが、藤井寺球場は住宅地域に近接しているばかりでなく、観客の興奮を静めるためのオープンスペースがほとんど存在しないのであるから、観客の興奮は鎮静することなく直接付近の住民に対して重大な悪影響を与えることは必至であつて、藤井寺球場は、プロ野球のナイター興行を行なう観覧場としては、欠陥球場であると言わなければならない。

八被申請人の不誠実な対応

被申請人は、昭和四八年二月二六日に藤井寺球場のナイター化計画を発表したが、球場周辺の住民には事前に一切右計画を知らせず、同年三月になつてようやく地区別に住民への説明を行なうに至つた。この説明の場において、被申請人は工事の実施と着工時期とを予め決めたうえで、被申請人の行なう説明で納得してもらいたいという姿勢に終始した。申請人ら藤井寺球場周辺の住民は、ナイター公害反対の立場から、まず地区別に結束し、その後同年四月一四日に各地区が連合してナイター公害反対連合会(以下「反対連合会」という)を結成した。ところが、被申請人は、藤井寺球場周辺の住民の意思を全く無視して、同月二七日に突如藤井寺市との間で藤井寺球場のナイター化を認める確認書を取交してナイター化の工事を強行しようとした。一方、藤井寺球場ナイター化に必要な本件増改築工事の建築確認申請を受けた大阪府は、反対連合会などの反対運動もあり、申請後七週間経つた同年五月一四日になつてようやく、被申請人に対し、藤井寺市当局並びに住民との間において十分意見の調整を図つたうえで工事に着工すること及びナイター設備反対の諸条件についても誠意をもつて解決をはかることを通知するという、異例の行政指導付きの建築確認をしたのであるが、被申請人は、これに対しても、前記確認書に加えて、本来行政情報などの伝達を主要業務とする行政の補助機関であつて必ずしも住民の代表として住民の意思を反映していない区長二一人から、住民の意見を聴取することなく作成した同意書を取り付け、藤井寺市民の広範な支持を得たとの外観を取り繕つた。この間反対連合会では真摯な態度で被申請人との交渉を望んだが、被申請人は話し合いをしたという形を作ることだけを考え、わずか三回しか反対連合会との交渉の機会を持たず、そのいずれも被申請人側が一方的に説明をするのみで、連合会側が資料の提出を求めてもこれに応じることなく、一方的に交渉を打ち切つてしまつた。そして、被申請人は、同年七月一九日に翌日より着工する旨の一方的通告を行ない、同月二三日ころには本件照明塔工事を含む本件増改築工事に着工したのである。こうして、申請人らは本件仮処分の申請を余儀なくされたのであるが、原決定の場においても被申請人は申請人らとの話し合いを拒否し、原決定後も昭和五三年に大阪府公害審査会へ調停を申し立てるまでの約五年間は被申請人から申請人らに対して話し合いを呼びかけることもなかつた。このように、被申請人は、申請人ら藤井寺球場周辺の住民の意見を無視して同球場のナイター化を強行しようと努め、終始申請人らに対して不誠実な態度をとり続けたのである。

九被保全権利

1本件照明塔工事が完成し、藤井寺球場でプロ野球のナイター興行が行なわれるようになれば、申請人らは既述のとおり現在の良好な住宅環境を破壊されて日常生活等において種々の被害に悩まされることになるのであつて、このように被申請人から一方的に環境破壊等の被害を押し付けられようとしている申請人らは、自らの生活と環境を守るために右工事の差し止めを求める権利を当然に有するものと言わなければならない。

2申請人らの右環境保護の主張は、申請人らが人格権、生存権あるいは所有権、占有権の侵害を受けないということを意味するものではない。

人格権とは、主として人格的属性を対象とし、その自由な発展のために第三者による侵害に対して保護されなければならない諸利益であつて、生命、自由、身体の安全あるいは健康、幸福追求の権利など国民が健康で文化的な生活を営むのに必要なすべての権利を含むものである。ところが、今日では周辺の環境が破壊されれば生活も破壊され、人格に対する侵害も増加していくのであつて、一般的には人格の侵害と環境の破壊は常に並行し、表裏一体のものとなつているのであるから、人格権の確保はその個人を取りまく環境と切り離しては考えられなくなつている。本件の場合においても、環境の破壊と人格の侵害は並行して進み、環境破壊が常態となつたときに人格に対する侵害がその頂点に達するのである。このような人格の侵害、環境の破壊を阻止して健康で文化的な生活を確保する権利は、憲法上も保障された人間の最も基本的な権利であり、他のあらゆるものに優先する絶対的な権利である。このような権利を人格権と呼ぶか環境権と呼ぶかはさしあたり重要なことではなく、ただ申請人らは、各種の被害が様々な形で発生することから、個々の人格権の侵害というよりは全体的に環境の破壊と呼ぶ方が適切であると考えるだけであつて、ここで主張する環境の破壊にはすべて人格に対する侵害も含まれているのである。

また、申請人らのうち春日丘地域及び恵美坂一丁目地区内に居住している者は、いずれも土地、建物を所有しており、春日丘団地内に居住している者は公団住宅を賃借してこれを占有している。本件照明塔の存在自体あるいはこれによるナイター興行の実施によつて、申請人らの右所有権ないし占有権も侵害を受けることになる。

申請人らは、先に述べたような趣旨での人格権、環境権及び物権的請求権に基づいて、本件照明塔工事の差し止めを求めるものである。

3人の生命と健康は最も基本的かつ原理的な権利であるから、他の要素との比較考量には親しまないので、環境権ないしは人格権に基づく差し止め請求の許否の判断においては利益考量が許されないと言うべきである。

しかし、仮に利益考量を必要とする立場に立つても、本件においては、上記六ないし八の事情の外に、加害者が大企業で被害者が一般市民という相互に地位の互換性のない関係にあり、しかも不利益を受けるのは申請人らのみであつて被申請人は申請人らの負担のうえに一方的に利益のみを享受することになることを考えれば、申請人らに被害を受忍しなければならないような理由は全く存在しないと言わなければならない。

一〇保全の必要性

本件照明塔工事が完成すれば藤井寺球場でプロ野球のナイター興行が行なわれることは必至である。そうなれば本案訴訟の判決を待つていては申請人らに五で述べたような回復することのできない損害の生ずることは明らかである。

よつて、申請人らは、本件仮処分申請に及んだ。

〔被申請人の主張〕

一1申請人らの主張一1の事実は認める。同2の事実中、申請人らが本件仮処分申請当時いずれも藤井寺球場に隣接する地域に居住していたことは認めるが、個々の申請人の具体的な居住場所は知らない。

2申請人らのうち、三木美也(申請人目録番号一二)、鈴木キヌエ(同六一)、大石完(同七〇)、大石花子(同七一)、小林克久(同二二二)、小林志津子(同二二三)、吉田郁子(同二四五)、田畑滋久(同三〇六)、田畑昭子(同三〇七)、松室豊(同三二二)、松室文子(同三二三)、野村清子(同三四七)、矢野安秀(同三八二)、矢野イツ子(同三八三)、中谷喜美恵(同五五九)の合計一五名は、いずれも申請人目録記載の各肩書住所地から他へ転居しており、現在藤井寺球場に隣接する地域には居住していない。

二1申請人らの主張二の事実は認める。

2しかし、被申請人らの居住する藤井寺球場周辺の土地を分譲してから、最も新しいものでもほぼ二〇年を経過しているのであつて、この間の右住宅地及びその周辺の変容には目を見張るものがあり、藤井寺駅を中心に都市化の波を被り、モータリゼイシヨンの影響を大きく受けているのである。

特に、恵美坂一丁目地区においては、北側を走る府道境大和高田線の自動車交通量が最近著しく増加し、それに伴つて恵美坂一丁目の右道路沿いには自動車、自転車用部品店、外来者用駐車場付きの医院、飲食店などが建ち並ぶようになつた。また、恵美坂一丁目の分譲地内部では現在住宅の更新時期にかかつており、平家建の住宅が取り壊されて二階建となつたり、一分法区画を二つ以上の敷地に分割して法令で定められている第一種専用住宅の建ぺい率を潜脱して二戸を建築する手段がとられるなどの変化がみられ、分譲当時の分譲主、購入者間で交わされた生垣、平家建の住宅地維持という約束は既に風化しつつある。

そして、このような変化は恵美坂一丁目地区に限られたものではなく、申請人らの居住する藤井寺球場周辺の住宅地全域にみられるのであつて、申請人らの居住する地域の住宅環境は分譲当時に比べて大きく変化しているのである。

三1申請人らの主張三の事実中、近鉄球団(パールズ)が昭和二四年に結成されたこと、同球団(バツフアローズ)が昭和三三年以降日生球場を使用し、同球場でそのホームゲームの大半を消化していることは認めるが、その余の事実は否認する。

2近鉄球団は、結成直後の昭和二五年以降藤井寺球場を本拠地球場として使用して来たのであつて、現在でも近鉄球団のデーゲームや二軍戦に使用するのみならず、同球団の練習に使用しているのである。この間、昭和三三年以降観客動員数の関係などもあつて日生球場を準本拠地として使用するようになつたが、大阪市内にある日生球場の使用は既存の在阪球団(阪急ブレーブス、南海ホークス、阪神タイガース)の地域権との関係から大きな制約を受けるため、近鉄球団としてはいずれ本拠地球場である藤井寺球場を使用しなければならなかつたのであつて、藤井寺球場が縮小あるいは廃止される方向にあつたとの事実は存在しない。

四申請人らの主張四の事実は認める。

五1申請人らの主張五の冒頭の事実中、本件照明塔工事が完了すると藤井寺球場でプロ野球のナイター興行が行なわれることは認めるが、その余の事実は否認する。同1の事実中、申請人らの多くの居住する地域が申請人らの主張する通りの用途地域の指定を受けていること、申請人らの主張する環境基準が存在すること、ナイター興行の実施に伴い藤井寺球場の至近では若干の騒音が生じることは認めるがその余の事実は否認する。同2の(一)及び(二)の(1)ないし(3)の事実は否認する。同(4)の事実中、大阪府の公害室が申請人らの主張するような発表をしたことは認めるが、藤井寺市において申請人らの主張するような道路網が開通し自動車の交通量が急増して以来光化学スモツグの被害が発現するようになつたとの事実は知らないし、その余の事実は否認する。同3の事実中、藤井寺球場でナイターを実施するためには本件照明塔六基から照明を行なう必要のあることは認めるが、その余の事実は否認する。同4及び5の事実は否認する。

2申請人らは、藤井寺球場におけるナイター興行の実施によつて様々な被害を被ると主張するが、その主張のほとんどは単なる予想であり、中には漠然とした愁訴に近いものも含まれているのであつて、いずれも抽象的な危惧感の表明の域を出ない。そして、現実には申請人らがその危惧するような被害を被ることはあり得ないのである。

(一) 球場騒音

公害対策基本法第九条の規定に基づいて昭和四六年五月二五日閣議決定された騒音にかかる環境基準は別表(五)1記載のとおりであるが、昭和五六年度の大阪府下における環境基準適合率は同表2記載のとおりであつて、大阪府下においては第一種住居専用地域で道路に面していない地域においてすら、夕方・夜間とも三〇パーセントを上廻る地域が環境基準に適合していないのであり、被申請人が昭和五二年以来数回に亘つて測定してきた藤井寺球場周辺の環境騒音も同様であつて、そのうち、昭和五七年七月九日及び同月一〇日の両日別紙図面(五)記載の各測定点で測定した結果は別表(七)記載のとおりで、昼間も夜間もすべて環境基準を大きく上廻つている。

一方、デーゲームの際に球場騒音が別紙図面(四)記載のB1、B2、C1、C2、D1、D2、E1、E2の各点に到達する騒音は、観客一万三五〇〇人の場合で別表(ハ)現状欄記載のとおりであつて、ナイター興行の場合にもこれと同程度の球場騒音が発生するものと予測されるところ、被申請人は、既に藤井寺球場の外野スタンドの外壁部分に高さ二メートルの防音壁を設備しており、更に同部分に高さ二メートルの昇降式の防音壁と、内野スタンドと外野スタンドとの間の球場外壁の切れ目に高さ平均一三メートル位の遮音壁を設置する予定であつて、これらの対策を施した場合に、別紙図面(四)記載のB1、B2、C1、C2、D1、D2、E1、E2の各点に到達する騒音は、観客一万三五〇〇人の場合で別表(八)対策後欄記載のとおりであつて、通常時にはすべての測定点での予測値が環境騒音を下まわるものとなる。

(二) 自動車

ナイター試合に限らず藤井寺球場でプロ野球興行が行われる際に自動車による周辺地域への被害を防止するために、被申請人は、(1)同球場に附帯していた駐車場を閉鎖し、観客に自動車での来場を避けるよう呼びかけ、試合当日には電車・バスを増便し、(2)近鉄藤井寺駅舎を一般通路としても使用できるよう橋上駅舎に改造し、従来は片側にしか歩道のなかつた同駅から右球場に通ずる道路を両側歩道とする等の交通混雑緩和策を施し、(3)行政官庁に働きかけて藤井寺球場周辺地区の全域について駐車禁止区域の指定を受け、毎試合毎に多数のガードマンを配置して球場周辺の違法駐車を防止するよう努力している。

そして、被申請人は、別紙図面(六)記載の各地点において、(1)昭和五六年五月四日(プロ野球開催日・休日)、同月六日(同非開催日・平日)及び同月一〇日(同非開催日・休日)と、(2)昭和五六年九月六日(同開催日・休日)、同月九日(同非開催日・平日)及び同月一三日(同非開催日・休日)とに自動車の交通量の調査をしたが、その結果は別表(一四)ないし(一九)記載のとおりであつて、藤井寺球場でプロ野球興行が行われたからといつて、必ずしもその周辺地域の自動車の交通量が増加する訳ではない。また、右各日時に被申請人が藤井寺球場周辺で路上駐車している自動車の台数を調査した結果は別表(二〇)及び(二一)記載のとおりであつて、違法駐車台数はプロ野球興行開催日と非開催日とにおいて大差はないのである。

(三) 右の外、申請人らが主張する種々の被害については、被申請人は、虫害に対しては電撃殺虫灯を、防犯のためには防犯灯の設置やガードマンの配置を、衛生のためには移動式便所の設置や清掃会社による清掃を、というように種々の具体的な対策を予定しているのであつて、申請人らの危惧は将に杞憂に過ぎない。

六1申請人らの主張六の事実は争う。

2そもそも申請人らの主張する分譲主責任なるものがどのような法的義務であるのか明らかでないばかりでなく、被申請人と各分譲地の購入者との間の土地分譲契約は主要な給付の履行をすべて完了して二〇年以上も経過しているのであるから、当事者の意思解釈からも、信義則上も、購入者である申請者らが被申請人に何らかの給付を求める根拠は全くない。

また、申請人らは本件照明塔工事が違法又は脱法である旨主張しているが、その根拠として主張するところはいずれも的外れであり、右工事は、建築基準法に基づいて確認申請がなされ、適法に確認されているのである。

七1申請人らの主張七の事実は争う。

2藤井寺球場を名実ともに近鉄球団の本拠地球場にしたいとの被申請人の願いには切なるものがあり、日生球場における現実の試会運営上の支障などもあつてその必要性も高いのである。また、藤井寺球場に来た観客が近鉄南大阪線を利用して帰宅するについては、電車による運送体勢にも、球場周辺の人の流れにも何ら問題はなく、藤井寺球場は申請人らのいうような欠陥球場ではない。

八1申請人らの主張八の事実は争う。

2被申請人は昭和四八年二月二六日藤井寺市当局に対し球場増改築計画の概要を説明し、協力を求めたのを皮切りに、同年三月三日市の要請に応じて市長、助役、市議会正・副議長その他関係市職員が参加する説明会を同市役所において開催するなど、数次にわたる説明と折衝の末、いわば地域住民の利益代表ともいうべき藤井寺市との間で確認書及び協定書を取交すに至つたが、右確認書は、1連絡協議会の設置、2藤井寺駅舎の改造(含、駅前広場の完成)、3自動車対策、4球場周辺地区対策、5周辺居住者の意見聴取の五項目からなり、2乃至4の項目において予測される被害に関する対策が折込まれているものであるが、就中「4球場周辺地区対策」として、(1)騒音対策、(2)テレビ電波障害、(3)ゴミの問題、(4)照明による虫害対策、(5)防犯対策の具体的な対策が講ぜられることとされている。そして、その他の問題あるいは将来発生するかもしれない問題の解決のため、連絡協議会を設置し、同協議会を通じて平和裡にナイター実施に伴う諸問題を協議し、その解決に被申請人が積極的に取組むことと、同時に球場周辺居住者の意見を聴取し、提出された問題に被申請人を以つてできる限りの対策を講じることが約定されている。

一方、反対連合会は被申請人に同年五月二二日付で要望書を提出したが、その内容は右確認書の内容と重要な部分で重なり合うものであつて、右確認書は住民の要望を反映しているのであり、しかも被申請人はそのうち実施可能のものについては今日までにすべて履行を了えているのである。

ところで、申請人ら主張の反対連合会と被申請人との協議は多数の住民が無制限に出席し、怒号、罵声、拍手、嘲笑が渦巻く、所謂「吊し上げ」に近い状況で行われたものであり、到底正常な話合いの場というべきものではなく、理性的な話合いは望むべくもない状況であつたのであつて、その場で実質的な内容を持つ話合いが行われなかつたことの責は、むしろ反対連合会側にあるのであり、更に反対連合会は大阪府公害審査会における調停の場においても被申請人の説明に耳を藉そうとしなかつたのであつて、これらの点について被申請人を非難するのは失当である。

なお、被申請人は、昭和四八年六月三〇日に藤井寺市春日丘会と覚書を、同年七月一六日春日丘公団羽曳野自治会と協定書を、それぞれ取交した外、前記確認書等に定められた条項を誠意を以つて履行することを条件として、藤井寺市内の二一地区の区長から本件ナイター設備設置計画の実施について同意を得ているのである。

九1申請人ら主張九の主張は争う。

2申請人らが被保全権利として主張するもののうち、環境権なるものは、実定法上の根拠を欠き、かつ条理上も私法上の権利として承認されたものではなく、本件仮処分申請における被保全権利たり得ない。

また、人格権も実定法上の根拠を欠くものであることは環境権と同様であり、未だ対世的権利として確立したものとは言い難い。しかも、本件で申請人らの主張する人格的利益は身体あるいは健康であると解するほかはないが、これらの人格的利益の侵害については、どの程度まで身体、健康の阻害が生じた場合にその阻害要因を除去したり、差し止めたりすることを対世的に認め得るかという極めて困難な問題が存するばかりでなく、本件においてはナイター興行によつて申請人ら各自がそれぞれ受ける被害の程度、態様が異なるという特質があるにもかかわらず、申請人らは右のような問題の解明を怠り、何ら主張を明らかにしていない。更には、申請人らの主張する被害はそのほとんどが人格権に包摂されることのない生活利益の完全性の喪失に止まり、申請人の主張は騒音による身体、健康への被害をいうに尽きるものと断じざるを得ないが、これとても、うるさいとか気に障るといつた多分に感情的な愁訴に止まるもので、身体、健康に影響を及ぼす性質のものではない。

一〇1申請人らの主張一〇の事実は否認する。申請人らの本件処分申請は、保全の必要性をも欠くものである。

2被申請人にとつて、進行中の工事を半ばにして中止すれば工事費だけをとつても損害は大きく、ナイター興行を一切禁止されることになればその損害はさらに大きくなる。これにひきかえ、申請人らが失うことを免れる快適さは申請人らの生活上極めてわずかなものに過ぎない。このようなわずかばかりの快適さを保全するために、もし制限を加えれば莫大な損害が生じることを知りながらあえて他人の権利を制限するような仮処分は、甚しく保全の必要性を欠くものというべきである。

〔疎明関係〕《省略》

理由

一被申請人が別紙図面(一)の(1)の位置に本件土地及び藤井寺球場を所有していること、及び申請人らが本件仮処分申請当時いずれも藤井寺球場に隣接する地域に居住していたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、申請人らのうち申請人目録番号一ないし二九五の合計二九五名が別紙図面(一)の(2a)(2b)及び(3)で示される春日丘地域内に、同目録番号二九六ないし三八三の合計八八名が同図面の(4)で示される春日丘団地内に、同目録番号三八四ないし六八七の合計三〇四名が同図面の(5)で示される恵美坂一丁目地区に、それぞれ現に居住していることが、一応認められる(なお、<証拠>には、申請人番号三〇六及び三〇七の申請人田畑滋久及び同田畑昭子が、昭和五六年四月一一日肩書地から奈良県北葛城郡当麻町大字兵家一四六四番地の二へ転出し、同年五月二八日再び肩書地へ転入した旨の各住民登録をした旨の記載があるが、成立に争いのない疏乙第五六及び第五七号証に照せば、右住民登録は宅地・建物購入資金の融通を受けるためにしたものであつて、実際には右申請人の住所に変更はなかつたものと推認され、<証拠>もこれを覆えすには足りない)。

二次に、藤井寺球場及び申請人ら居住地域の形成の経緯に関する以下の事実は当事者間に争いがない。

1被申請人の前身である大鉄は、大正一二年に天王寺・道明寺間に鉄道を開通させると共にその沿線の住宅地開発に力を入れ、大正一四年に現在の藤井寺球場周辺の土地一〇万八〇〇〇坪余りを住宅開発の目的で買収し、昭和二年三月からそのうち現在の春日丘一丁目及び春日丘二丁目にある造成地(別紙図面(一)の(3)の地域)を「春日丘高級住宅地」の歌い文句で分譲し始めた。

2そのころ中等学校野球熱が盛んとなり阪神電鉄甲子園球場などが成功を収めていたことに刺激を受けて、大鉄は、昭和三年五月前記住宅地経営を促進するために本件土地上に藤井寺球場を建設すると共に、藤井寺球場に南接する二万二〇〇〇坪の土地(同図面(4)の地域)に、自然美を保存し且つ中学生及び小学校児童に教材用動植物等の資料を提供するとの趣旨で、藤井寺教材園を開設した。

そして、大鉄は、昭和四、五年ころ、現在の春日丘三丁目にある造成地(同図面(2b)の地域)を、「子弟の教育上好適くな環境を持つ」と宣伝し始めた。

3その後、右藤井寺教材園の敷地は日本住宅公団に売却され、昭和三五年ころその跡地に春日丘団地が完成したが、当時既に大鉄の事業を引継いでいた被申請人は、春日丘団地の完成と相前後して、現在の恵美坂一丁目にある恵美坂住宅地(同図面(5)の地域)を、「すばらしい環境の文化住宅地」として分譲した。その際、被申請人は買主に対し、売買契約書において「買主は売主(被申請人)の経営する住宅地の風致を損うことのないよう、建築の着工前に建物及び付属工作物の計画図書を売主に提出し、その同意を得なければならない。」と約定させ、二階建の建物を建てないこと、店舗として使用しないこと、垣根は生垣とすることなど、細かな条件を付けていた。

そして、被申請人は、昭和三二年ころから昭和四二年ころにかけて藤井寺球場の敷地の一部であつた土地(同図面(2a)の地域)をも住宅地として分譲した。

三また、藤井寺球場の従来の利用状況については、近鉄球団(パールズ)が昭和二四年に結成されたこと、及び同球団(バッフアローズ)が昭和三三年以降大阪市内にある日生球場を使用し、そのホームゲームの大半を消化していることは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、以下の事実が一応認められる。

1藤井寺球場は、昭和三年五月に完成して以来、大学野球や中等野球大阪予選など主として学生野球のために使用されていたが、わが国が第二次世界大戦に突入して行く過程で野球熱も冷め、政府の学生野球に対する監督も次第に厳しくなつて、夏の中等学校野球大会も昭和一六年を最後として中断し、学生野球の試合数は激減して藤井寺球場は野球場として利用されることがかくなつていつた。このような情勢の中で、大鉄は昭和一七年六月二日同球場を大阪市に無償で貸与し、大阪市は同球場を青年学校郊外学舎及び健康学園に当て、また学生、生徒、児童、園児等の体育諸行事に利用していた。

2戦後、被申請人はプロ野球の球団経営に乗出し、昭和二四年末パールズ球団を結成して翌昭和二五年から藤井寺球場を本拠地としてプロ野球興行を開始したが、同球場に集まる観客の数は極めて少なかつた。折から、プロ野球の各球団は相次いで本拠地として使用する各球場に照明設備を設置し、昭和二五年には後楽園球場が、昭和二六年には大阪球場、昭和二八年には西宮球場と中日球場、昭和二九年には平和台球場と川崎球場、昭和三〇年には駒沢球場、昭和三一年には甲子園球場、昭和三二年には広島市民球場が、それぞれ照明設備を施されて、ナイター興行が開始された。このため、被申請人もパールズ球団の本拠地球場のナイター化を迫られることになつたが、被申請人は、観客動員の望めない藤井寺球場ではなく、大阪市内に存在するため観客動員に期待の持てる日生球場でナイター興行を行なうこととし、自らの費用で日生球場にナイター設備を設置してこれを同球場の所有者である株式会社日生球場に寄付し、昭和三三年から同球場でナイターが行なえるようにした。そして、同年球団名を「バッファローズ」と改称し、以来ホームゲームの大半を日生球場で実施するようになつた。

3このような事情によつて、昭和三三年以降は藤井寺球場でプロ野球興行が行なわれる回数が著しく減少し、昭和四七年を例にとれば、日生球場で公式戦が行なわれたのが六五日、オープン戦が三日であつたのに比べ、藤井寺球場では公式戦が七日、オープン戦が三日であつた。この年藤井寺球場は、右の外にプロ野球の練習に一一二日、二軍戦(ウエスタン・リーグ)に三〇日、二軍のオープン戦に六日、大学野球に二日、高校野球に三一日、少年野球に四日、職域野球に二二日、その他の行事に七日、合計二二九日利用されている。

四そして、このような中で被申請人は、昭和四八年二月二六日記者会見をして藤井寺球場にナイター設備の設置を含む増築と改築を加えて同球場を名実共に近鉄球団のフランチャイズ球場とする旨を発表し、同年三月二四日大阪府に本件増改築工事の確認申請をして同年五月一四日その確認を得た上、同年七月二三日ころから本件増改築工事を開始したが、その一部をなす本件照明塔工事は、別紙工事内容目録一記載のような構造で別紙図面(二)記載のような形状を有する照明塔六基を、別紙図面(三)のうち赤線で囲まれた各部分に設置しようとするものであり、且つ本件照明塔工事が完成すれば被申請人が藤井寺球場においてプロ野球のナイター興行を行うことは必至の情勢であることは、当事者間に争いがない。

ところで、申請人らは、本件照明塔工事が完成して藤井寺球場でプロ野球のナイター興行が行われれば、従来申請人らが享受してきた良好な生活環境が破壊されるとして、いわゆる環境権と人格権、物権的請求権に基づいて、本件照明塔工事の差止めを求めるのであるが、被申請人はその所有する本件土地上に本件照明塔を設置してナイター興行を行なおうとしているのであつて、このような所有権の範囲に属する行為について、事後の損害賠償の域にとどまらず、事前にその行為自体の差止めまで許容されるためには、第一にその行為の結果、単に抽象的に現在の生活環境が悪化するというだけでは足りず、具体的に被害者の生命・身体あるいは財産への侵害が発生することが予測され、第二にその侵害の程度が、社会生活上一般に受忍すべき限度を越えるというだけでなく、右受忍限度を著しく逸脱すると認められる程に違法性の強い場合であることを要するものと解すべきであるから、この観点から以下の検討を進める。

五まず、申請人らの被害の程度を判断する前提として、藤井寺球場及び申請人ら居住地域周辺の現況と現在のプロ野球興行の実態、特に近鉄球団のホームゲームの実態を検討する。

1申請人らの居住する場所のほとんどが都市計画法に基づく用途地域のうちの住居専用地域に指定され、藤井寺球場の敷地自体が同じく住居地域に指定されていることは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、以下の事実が一応認められる。

(一)  藤井寺球場は、近鉄南大阪線藤井寺駅の西方約三〇〇メートルに位置し、その北側には道路を隔てて近鉄南大阪線の線路があり、更にその北には恵美坂一丁目地区をはさんで府道堺大和高田線が走つている。また、藤井寺球場の近くには、右藤井寺駅から藤井寺球場の敷地の東南隅付近を経て、そこから南の方に延びる府道西藤井寺線などの道路が存在する。

(二)  近時藤井寺市周辺の交通網が発達してきたことなどもあつて、藤井寺球場付近の自動車交通量が増加しており、府道堺大和高田線や府道西藤井寺線もこの例に漏れないため、右各道路に面した地域は、環境騒音がその他の周辺地域に比べて高いなど、居住環境が低下している。

(三)  恵美坂一丁目地区では、従来の平家建の住宅が取り壊されて二階建の建物に建て替えられた例が少なくなく、現在右地区内の一九五戸の建物のうち二階建の建物は七五戸を数えているし、また、当初分譲された際の一区画が二つ以上の敷地に細分化されたところも一六箇所ある。

2また、<証拠>を総合すれば、以下の事実が一応認められる。

(一)  プロ野球の公式戦は、毎年四月の中旬ころに始まり、一〇月の中旬ころに終了するが、このうちナイターが行なわれる時期は、四月下旬ころから九月下旬ころまでの約五か月間であり、プロ野球の各球団は、右期間中にそれぞれ一三〇試合の公式戦を戦い、そのうち半数の六五試合が、当該球団の主催するホームゲームである。

そして、ホームゲームの実施については、日本プロフェッショナル野球協約(以下「野球協約」という。)によつて、各球団は、年度連盟選手権試合、日本選手権シリーズ試合、およびオールスター試合を行なうための専用球場を保有しなければならず(野球協約第二九条)、且つ、各球団はこの協約により定められる保護地域内の一個の専用球場において、年度連盟選手権試合のホームゲームの五〇パーセント以上を実施しなければならないものとされており、昭和五三年度から昭和五七年度までの五年間を平均すると、近鉄球団は、ホームゲームのうち四三試合を日生球場で、一三試合を藤井寺球場で、残りの九試合をその他の地方球場で実施してきた。

(二)  プロ野球の試合は、実施される時間帯によつて、昼間に終始太陽の光の下で行なわれるデーゲームと、午後三時から四時ころに試合を始め、夕暮れの午後六時から七時ころに終わる薄暮試合と、夜間に照明を施して行なうナイターとに分類され、薄暮試合の際は途中から照明燈を使用することになるが、この外にダブルヘッダーと称して、例えばデーゲームとナイターを組み合わせるなどして、一日に二試合を実施する試合もある。なお、ナイターの試合は、午後六時から午後六時三〇分の間に開始されるのが通常であり、その大半が午後九時から午後九時三〇分の間には終了するのであつて、終了の時刻が午後九時三〇分を回る試合は少なく、午後一〇時を過ぎるものはまれである。

昭和五三年度から昭和五七年度までの五年間の平均では、近鉄球団のホームゲームのうちでナイターで実施されたものが一年に四四試合で、そのうち三八試合が日生球場で行なわれ、残りの六試合は地方球場で実施された。

(三)  昭和四五年度から昭和五六年度までの各年度における近鉄球団の観客動員数は、一試合平均にして次のとおりである。

昭和四五年度  六一〇〇人

昭和四六年度  四〇〇〇人

昭和四七年度  四七〇〇人

昭和四八年度  六一〇〇人

昭和四九年度  四八〇〇人

昭和五〇年度  六八〇〇人

昭和五一年度  六二〇〇人

昭和五二年度  七五〇〇人

昭和五三年度  八四〇〇人

昭和五四年度 一万二二〇〇人

昭和五五年度 一万一三〇〇人

昭和五六年度  八八〇〇人

ただし、実際に球場内に入場した観客の数は、公式に発表される入場者数よりも少ないのが通常であつて、藤井寺球場で行なわれる公式発表の入場者数が一万人台の公式戦では、実際に入場した観客の数は、公式発表の数の七割から八割程度にとどまる。

(四)  現在、わが国のプロ野球球団は、太平洋野球連盟(以下「パ・リーグ」という。)とセントラル野球連盟(以下「セ・リーグ」という。)とのいずれかに所属し、近鉄球団はパ・リーグに所属するが、パ・リーグに所属する各球団の観客動員数はセ・リーグ所属の球団のそれに比べて少ないのであつて、昭和四五年度から昭和五六年度の一二年間でみると、パ・リーグ各球団の観客動員数の合計は、セ・リーグのそれの半分にも及ばず、ごく最近、パ・リーグの観客動員数が増えてきてはいるが、それでもセ・リーグの六割弱にとどまつている。

殊に、大阪近辺では、近鉄、南海、阪急の三球団がパ・リーグに所属し、前二者は大阪府を保護区域とし、後者は兵庫県を保護区域としているため、パ・リーグの各球団の中でも、右三球団の観客動員数が伸び悩んでいる。

3右認定事実によれば、藤井寺球場でナイター興行が行なわれた場合、球場に実際に入場する観客の数は通常一試合あたり七〇〇〇人から一万人程度であつて、今後その数に大きな変化は生じないものと推認されるから、ナイター興行が行なわれることによつて申請人らに及ぼす影響を検討するにあたつては、入場者実数が一万人前後の場合を想定し、これに基づいてその予測を行なうのが相当である。尤も前認定のとおり藤井寺球場は三万二〇〇〇人の観客を収容することができ、弁論の全趣旨によれば、近鉄球団のホームゲームにおいて藤井寺球場が満席になる程観客を集める試合が年間を通じて一、二試合程度はあることが一応認められるけれども、このように極めてまれな満席時を基礎にして右影響を考えることは適当でない。

六そこで、藤井寺球場でナイター興行が行われた場合に予想される申請人らの被害の有無及びその程度如何について、被申請人の対策とその効果をも加味しつつ、申請人らの主張の順序に従つて検討を加える。

1  球場騒音による被害

(一)  藤井寺球場でプロ野球興行が行われた場合に同球場から発生する騒音は、デーゲームであるとナイターであるとによつて特に差異は生じないものと考えられるから、ナイター興行時に発生する球場騒音の程度は現に行われているデーゲームの際に発生する騒音から推認・予測するのが相当であるところ、<証拠>によれば、株式会社ケー・シー・エス(以下「ケー・シー・エス」という)は、藤井寺球場でプロ野球のデーゲーム公式戦が行なわれた昭和五三年四月九日(以下「第一回目」という)、同月三〇日(以下「第二回目」という)、同年六月三日(以下「第三回目」という)、同年九月二三日(以下「第四回目」という)の四回にわたり、同球場外壁上及び同球場周辺における試合中の騒音等についての測定調査を行なつたが、そのうち、第一回目から第三回目までに球場外壁付近である別紙図面(四)のB0、C0、D0及びE0の各地点で測定した球場内の騒音は、別表(三)記載のとおりであり、第四回目に同図面C0及びD0の各地点で測定した球場内の騒音は別表(四)記載のとおりである(なお、本件記録中には騒音の大きさを表わす単位として「デシベル」、「デシベル(A)」、「ホン」及び「ホン(A)」が用いられているが、弁論の全趣旨によれば右はいずれも同一の大きさを表わす単位であることが一応認められるので、以下の説示においてはすべて「デシベル」によつて表示する)こと、並びに右各回の観客数は、第一回目が公式発表で、一万三五〇〇人、実数は一万〇六五〇人であり、第二回目は公式発表一万一〇〇〇人、実数七六〇〇人、第三回目は公式発表一万七〇〇〇人、実数一万三四〇〇人であつたのに対し、第四回目は公式発表で満席の三万二〇〇〇人であつて、このときの球場内は内外野席とも満席で、各部通路特に最上段通路部に立見客がおり、外野フェンス上にも観客がみられる状態であつたことが、一応認められる。

したがつて、藤井寺球場でナイター興行が行われた場合、一万人前後の通常の観客数であれば、別表(三)記載程度の球場騒音が発生するものと考えるのが相当である。

(二)  そこで、右球場騒音が周辺の地域にどのような影響を及ぼすかを、環境基準に照らして検討すると、まず、<証拠>によれば、

(1) 公害対策基本法第九条に基づいて昭和四六年五月二五日に閣議決定された騒音に係る環境基準は別表(五)1記載のとおりであり、大阪府では都市計画法の規定による第一種、第二種住居専用地域及び住居地域を右環境基準にいうAの地域(主として住居の用に供される地域)に指定しているのであるが、環境基準においては測定結果の評価については原則として中央値を採用するものとされていること

(2) 昭和五六年度に大阪府下の各市町村が実施した環境騒音の調査結果に基づいて算出された環境基準適合率は別表(五)2記載のとおりであつて、その平均は道路に面しないA地域で63.4パーセント、二車線を有する道路に面するA地域で21.4パーセントであるが、このうち道路に面しない地域では、夕方と夜の適合率が朝と昼間のそれに比べて悪く、それぞれ56.1パーセントと51.7パーセントにとどまり、また、道路に面する地域では、夕方の適合率が15.0パーセントしかないのに比べると、夜の適合率は最も良いけれども、これとて27.8パーセント程度に過ぎないことが、一応認められる。

次に、藤井寺球場から球場騒音が発生しないときの周辺地域における騒音、すなわち暗騒音については、<証拠>を総合すると、

(1) ケー・シー・エスが、昭和五二年九月一七日、昭和五三年四月九日、昭和五四年八月二六日、同月二九日及び同年九月八日の前後五回にわたり、別紙図面(四)記載のB1、B2、C1、C2、D1、D2、D3、E1、E2の各地点において測定し、その結果得られた数値を算術平均した右各地点における暗騒音は別表(六)記載のとおりであり、また、ケー・シー・エスが昭和五七年七月九日と同月一〇日の二回にわたつて別紙図面(五)記載のB10、C10、D10、E10の各地点で測定した暗騒音は別表(七)記載のとおりであること

(2) 一方、申請人井野正(申請人目録番号一九〇)と同田畑滋久(同三〇六)は、昭和五三年一二月一七日と同月二一日の二回にわたり、別紙図面(四)記載のB1、B2、C1、C2、D1、D2、E1、E2の各地点における暗騒音を測定したが、その結果は別表(一)記載のとおりであること

(3) また、藤井寺市が昭和五三年度行なつた環境騒音すなわち本件でいう暗騒音に相当するものの測定結果のうちで、申請人らの居住する地域内に存在する測定点である恵美坂一丁目九番一一号のキリスト教会及び春日丘二丁目九番二号の家屋付近での測定結果は、別表(二)記載のとおりであること

が、一応認められる。そして、右認定事実によれば、申請人らの居住する地域の暗騒音は、道路に面しない地域においては夕方から夜にかけて概ね環境基準を満たしているが、二車線を有する道路に面し、あるいは近鉄南大阪線の線路に程近い場所ではかなり環境基準を超えており、場所によつては超過の値が一〇デシベルから二〇デシベル程度に及んでいることが推認できる。

一方、前記球場騒音が球場周辺の地域にどの程度到達するかをみると、<証拠>によると、騒音は音源から受音点までの距離及びその間に存在する障害物によつて減衰するものであるところ、ケー・シー・エスは、前記第一回目ないし第三回目の球場騒音測定の結果に距離及び障害物による各減衰があるものとして別紙図面(四)記載のB1、B2、C1、C2、D1、D2、D3、E1、E2の各点に到達する騒音を観客一万三五〇〇人の場合に別表(八)現状欄記載のとおりであると予測したこと、被申請人はその後藤井寺球場の外野スタンドの外壁部分に高さ二メートルの防音壁を設置したが、ナイター実施までにさらに同部分に高さ二メートルの昇降式の防音壁を、内野スタンドと外野スタンドの間の球場外壁の切れ目に高さ平均一三メートル位の遮音壁を設置する予定であって、ケー・シー・エスは右各対策が完了した場合に右B1、B2、C1、C2、D1、D2、E1、E2の各点に到達する騒音を観客一万三五〇〇人の場合に別表(八)対策後欄記載のとおりであると予測したこと、ケー・シー・エスの右各予測値には少なくとも五デシベル程度の誤差が伴うことが、一応認められる。そして、右認定事実によると、被申請人が前記防音壁の設置等の対策を施した場合には、藤井寺球場の外壁から一〇〇メートル内外までの地域のうち道路に面していない場所では、同球場でナイターが行われることによつて生じた騒音が暗騒音よりやや低い大きさで到達し、同じく二車線を有する道路に面し、あるいは近鉄南大阪線の線路に程近い場所では右騒音が暗騒音より一〇デシベル前後あるいはそれ以上に低い大きさで到達するものと推認される。

ところで、<証拠>によれば、同じ大きさの音二つが同時に聞こえる場合には各音の大きさよりも三デシベル大きな音を聞くことになること、及び藤井寺球場から発生する騒音が暗騒音より一〇デシベル以上小さいとその地域の環境にほとんど影響が出ないことが、一応認められるから、藤井寺球場でナイターが行われた場合、球場から比較的近い地域すなわち球場外壁から一〇〇メートル内外の地域でも、道路に面していない地域では環境基進をほぼ満しているか三デシベル前後超過する状態にとどまり、二車線の道路に面しあるいは近鉄南大阪線の線路に近接する場所ではナイターによる影響はほとんど受けないものと推認される。

(三)  しかしながら、<証拠>を総合すれば、(1)プロ野球の興行によつて発生する騒音には多数の観客が集合することによる試合の流れに無関係に発生する比較的変動幅の小さい騒音と、ホームランやヒット等の試合の流れに応じて発生する歓声等との二種類のものがあるところ、球場周辺の住民にとつて球場から発生する騒音として認識されるのは後者の騒音であり、また、騒音レベルの中央値が同一の場合であつても間缺的に起こる大きな音が混じつている場合の方がそうでない場合よりうるさく感じられ、不快感も大きいことが、一応認められるから、球場騒音の周辺住民に対する影響は、単に中央値のみによるのではなく、騒音レベルのピーク値の点からも検討しなければならない。

まず、<証拠>によれば、前認定のケー・シー・エスの第一回目ないし第三回目の騒音測定調査の結果別紙図面(四)のB0、B1、B3、B2、B4、C0、C1、C3、C2、C4、D0、D1、D3、D2、D4、E0、E1、E3、E2、E4の各点で測定された騒音レベルのピーク値とその個数は別表(九)ないし(一一)記載のとおりであるが、右各点のうちで藤井寺球場から発生する騒音の影響を最も大きく受けるのはD3の地点、すなわち春日丘団地五号館の三階から四階へ至る途中の踊場であつて、右地点における球場騒音のピークの継続時間とその個数は別表(一二)記載のとおりであり、その出現間隔と個数は別表(一三)記載のとおりであることが、一応認められる。

そして、このような騒音が人間に及ぼす影響については、<証拠>によると

(1) 睡眠に関しては、四〇デシベル程度の騒音でも、睡眠中の身体に対し脳波測定によつて推定した睡眠の深度や好酸球及び好塩基球の増加度等に影響を及ぼすけれども、右程度の騒音では就眠妨害や安眠妨害の自覚はなく、三〇パーセント以上の人が就眠妨害を訴える騒音レベルは八〇デシベル前後であること

(2) 精神作業の能率に与える影響に関しては、授業中の生徒が平均的に授業妨害を認識し始めるのは五〇デシベル付近の騒音であり、読書や思考の妨害を訴える率は戸外五〇ないし五五デシベルの騒音で一〇パーセント、同五五ないし六〇デシベルの騒音で二〇パーセントであるとの調査例が存在し、また、文部省保健体育審議会は、学校環境衛生の基準として、教室内の騒音レベルは窓を閉じているときは中央値五〇デシベル以下、窓を開けているときは五五デシベル以下であることが望ましく、九〇パーセントレンジの上限値は六五デシベル以下であることが望ましいとし、窓を開けたときの中央値が六〇デシベル以上となる場合は窓を閉じるなどの音をさえぎる措置を考慮するとの答申を行なつていること

が、一応認められる。

一方、<証拠>によれば、被申請人は騒音対策として、最も騒音被害が大きいと予測される春日丘団地の一号館と五号館の全戸に二重窓とクーラーを設置することを計画しており、右五号館三〇一号室には既に二重窓を取り付けたこと、ケー・シー・エスが昭和五五年四月二〇日に前記D3の地点に近接する右五号館三〇一号室で行なつた調査によると、藤井寺球場で入場者一万三〇〇〇人のプロ野球の試合が行なわれた際に発生した騒音の室内と室外との差は、窓を開けた状態で7.7デシベル、普通サッシを閉めれば22.9デシベル、防音サッシを閉めれば27.8デシベル、普通サッシと防音サッシを組み合わせた二重窓を閉めると27.9デシベルであつたことが、一応認められる。

そして、以上認定の事実によれば、春日丘団地五号館の三、四階に到達する球場騒音のピーク値は六〇デシベルから八〇デシベルの間にほとんど納まるのであつて、これらの場所で普通サッシと防音サッシを組み合わせた二重窓を施せば、学校の教室内において望まれる九〇パーセントレンジの上限値が六五デシベル以下との基準を満たすことができ、就眠の際に自覚的な妨げを生ずることはほとんどないものと考えられる。

2  自動車による被害

(一)  <証拠>を総合すれば、

(1) 藤井寺球場の存在する藤井寺市は大阪市の東南に位置しているが、藤井寺市への主要交通網のうち、鉄道は被申請人の経営する近鉄南大阪線一本であつて、この路線は、大阪の阿部野橋から道明寺、古市を経て大阪府河内長野市及び奈良県橿原市、吉野方面に通じているため、大阪府の南部地域でも右路線の沿岸に属しない地域、例えば近鉄奈良線及び同大阪線沿線の地域あるいは堺、泉北方面から鉄道を使つて藤井寺球場に行こうとすると、一旦大阪市内に出て右阿部野橋駅から近鉄南大阪線を利用しなければならないこと

(2) これに対して道路は、西名阪高速道路、中央環状線、外環状線等が開通し、特に、中央環状線や外環状線は、大阪市を中心として放射状に形成された交通網の相互を結び付ける働きをしているため、近鉄南大阪線沿線以外の大阪府南部地域と藤井寺市との間の自動車による交通の便は良いこと

が一応認められ、右認定の事実からすると、藤井寺球場でナイターが行やわれれば観客の多くが自動車を利用して来場するようになるとの申請人らの主張も一概に否定することはできない。

(二)  しかしながら、<証拠>を総合するば、以下の事実が一応認められる。

(1) 被申請人は、昭和五三年九月ころ藤井寺球場の観客用の駐車場を閉鎖し、それ以降は立看板等によつて観客に自動車で来場しないよう呼びかけ、現在藤井寺球場で行なわれているデーゲームでは、その観客の約八割程度が近鉄南大阪線を利用して来場している。なお、現在、申請人らの居住する地域の主な道路は、全面駐車禁止の規制が実施されている。

(2) 全日本コンサルタント株式会社(以下「全日本コンサルタント」という)は、二回にわたつて藤井寺球場周辺における自動車の交通量と駐車状況についての調査を実施した。

その一回目の調査は藤井寺球場でプロ野球のデーゲームが行なわれた昭和五六年五月四日(月曜日)と野球のなかつた同月六日(水曜日)及び一〇日(日曜日)の三日間に行われ、交通量は一〇時から二二時まで、駐車状況は一一時から二二時までの間、それぞれ調査した。なお、五月四日の試合は一三時三〇分に開始されて一七時五分に終わり、公式発表の観客数は二万七〇〇〇人であつた。

二回目の調査は試合のあつた同年九月六日(日曜日)と開催されなかつた同月九日(水曜日)及び一三日(日曜日)の三日間に一回目と同じ時間帯に行なわれたが、九月六日の試合の開始時刻は一三時三〇分、終了時刻は一六時四〇分で、公式発表の観客数は九〇〇〇人であつた。

(3) これらの調査の結果によると、別紙図面(六)記載のC1ないしC6の各点における自動車の交通量は、一回目の調査によると別表(一四)ないし(一六)記載のとおりであり、二回目の調査によると別表(一七)ないし(一九)記載のとおりであつた。

また、別紙図面(七)記載の各区域内で路上駐車をしている自動車の台数は、一回目の調査のときは別表(二〇)記載のとおりであり、二回目の調査の際は別表(二一)記載のとおりであつた。なお、一回目の調査の際には別紙図面(八)記載のとおりにガードマンが配置されていたが、二回目の調査の際は別紙図面(九)記載のとおりにガードマンが増員配置され、自動車での来場自粛を呼びかける立看板が九箇所配置されたほか、恵美坂、春日丘一丁目、春日丘三丁目、春日丘団地付近に自動車の乗入れを制止するためのバリケードが三五箇所に配置されていた。

右認定の事実によると、藤井寺球場でプロ野球が行われた日に申請人ら居住地区において路上駐車する自動車の台数は、被申請人による強い規制の行われていない場合でも、通常の休日の駐車台数の一割程度増加するに過ぎず、右規制が行われた場合には、むしろ通常の休日よりも減少する傾向にあることが窺われる。また、自動車の交通量は、藤井寺球場でのプロ野球開始前後の時間帯において右球場へ来集する自動車の影響を最も受け易いと思われるC2及びC3の地点では、通常の交通量の二倍近くに達するけれども、前記規制が行われた場合には通常の交通量と大差はなく、プロ野球終了前後の時間帯において右各地点を右球場から反対方向に向つて進行する自動車の数についても、右規制の行われない場合に通常の休日より一割強の増加が見られる外は、ほぼ同様の傾向にあり、これがナイター興行の場合に特に増加するものと認めるべき疏明資料はない。

したがつて、被申請人が藤井寺球場への自動車による来場を極力防止し、かつその周辺地域における前記規制を継続する限り、申請人らの居住地域に申請人らの主張するように著しい自動車騒音や交通の渋滞、路上駐車等による被害が生じるものとは考えることができない。

(三)  なお、申請人らは、藤井寺球場へ来集する自動車の増加によつて光化学スモッグが瀕発すると主張するけれども、右自動車が増加するか否かはとも角として、夕方から夜にかけて行われるナイター興行に来集する自動車の排気ガスが光化学スモッグ発生の原因となることを認めるに足る疏明資料はない。

3  照明による被害

藤井寺球場でナイターを実施するためには、本件照明塔六基から照明を行なう必要があることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、藤井寺球場でナイターの照明を施せば周囲から虫類が照明燈の光に誘われて集まつて来るであろうこと及び照明燈の明りが球場周辺の住家をも照らす結果となることは、一応認められる。

しかし、<証拠>によると、被申請人は右照明燈に集る虫類に対しては電撃殺虫灯一〇基を設置してこれに対処することが一応認められる外、果して右虫類や照明塔の明りが申請人らにどのような具体的な被害を及ぼすかについては、これを認めるに足る疏明資料がない。

4  照明塔の存在による被害

本件照明塔が別紙図面(二)記載のような形状であることは、前認定のとおりであり、<証拠>によれば、本件照明塔のうち一塁側内野スタンドの南側の照明塔が、隣地の境界線から最も近い所で六〇センチメートルの距離に建設されることが一応認められる。そして、右事実によれば、右照明塔の直近に住む者にとつてある程度の威圧感を与えることは避けられないものと思われるが、これが申講人らの生活に如何なる影響を及ぼすかを認定するに足る疎明資料はない。

5  その他の被害

前認定のとおり藤井寺球場でプロ野球のナイター興行を行なえば、一試合当り七〇〇〇人から一万人の観客が来集することになるところ、<証拠>によれば、藤井寺球場にプロ野球の観客が多数集まると、(1)特に野球が終つて帰る人達が住家の間の道を声高に話をしながら歩いて行つたり、(2)観客同志の争いでけんかなどが生じたり、(3)観客の中には帰り途に立小便をする者がいたり、(4)また帰り途などに空かんなどのごみを投げ棄てたり、(5)試合中に観客席から投げ散らされた紙吹雪が風に乗つて近隣の住宅の屋根や庭に舞い降してその場にこびりついたりすることが、一応認められ、右事実によると、藤井寺球場でナイターが行なわれれば、その回数に応じて申請人らに迷惑な右のような事態が従来よりも増加するものと推認することはできる。

しかし、その被害の程度についてはこれを具体的に確かめるべき疏明資料がないのみならず、<証拠>によると、被申請人は、これらの被害の予防策として、藤井寺球場でプロ野球興行の行われる当日球場周辺にガードマンを配置する外、防犯灯一三基を設置し(内四基は設置済み)、移動式の便所やゴミ箱を増設し、清掃会社に委託して周辺地域の清掃を行う予定であることが、一応認められ、被申請人のこれらの措置によつて前記の如き被害は著しく減少するものと考えられる。

七本件照明塔が完成して藤井寺球場でプロ野球のナイター興行が行われるようになつた場合に、申請人らが実際に被るものと予想される被害とその程度とは以上のとおりであつて、個々の被害(例えば、最も大きい被害と考えられる春日丘団地五号館におけるピーク値の球場騒音)を捉えても、認定した限りのそれぞれの被害を総合して考えても、被申請人が予定どおりの予防策を講ずる限り、申請人らが主張する程に深刻な被害を及ぼすものとは認められない。

しかも、前認定のとおりナイターの試合は午後九時から午後九時三〇分の間に終了するのがほとんどであるし、前記野球協約のホームゲーム実施に関する規定によれば藤井寺球場を近鉄球団の専用球場として使用する場合に同球場で実施しなければならない試合数は最低三三試合であり、これとてデーゲームや薄暮試合を活用すればさらにナイターの試合数を減らすことができるのであつて、現に、<証拠>によれば、被申請人は藤井寺球場でナイター興行を実施する場合にはナイターの試合数を三〇試合程度に抑える予定であることが一応認められ、野球協約上はさらにこれを減少させることができるのである。

そして、これらの諸点を併せて考えると、右に認定した予想被害の程度自体からして、既にこれが申請人らが社会生活上一般に受忍すべき限度を著しく越えるものと観ることは困難であるという外はない。

八しかし、被害が社会生活上の受忍限度を越えるか否かはその被害をめぐる諸般の事情と対比して相対的に判断されるべきものであつて、本件における申請人らの被害が右の程度にとどまる以上、これを右にいう受忍限度を著しく逸脱するものとするためには、余程の事情がなければならないとはいえ、事情の如何によつてはこれが肯定される余地がなくはないので、このような事情の存否如何を検討する。

1まず、申請人らは被申請人には藤井寺球場周辺の土地の分譲主責任としての環境保全義務があると主張し、被申請人及びその前身である大鉄が申請人らの居住する地域を含む藤井寺球場周辺の土地を理想的住宅地の開発を目指して造成、分譲してきたこと及び右分譲の際に被申請人が各買主に対してその分譲地の環境保全のために様々な制約を課した契約を締結させたことは前認定のとおりである。

しかし、前認定の如く、大鉄が当初藤井寺球場周辺の土地の分譲を開始した時から既に五〇年を越える年月を経過し、前記制約を課した恵美坂住宅地の分譲開始の時からでも二〇数年を数えるのであつて、現在申請人らの居住する地域内及びその周辺地域においては、交通量が増加して二車線を有する道路に面した場所では騒音の環境基準を満足することもできず、当初平家のみを造ることを約束させて分譲した土地にも二階建の建物が増え、あるいは分譲された土地が更に細分化されて居宅が建つなど、申請人らの居住する地域の環境も分譲当時から比べると大きく変化してきているのである。そして、このように年月の経過と共に買主の側で前記約束が空文化しつつあることを考えると、被申請人に右分譲地の環境を保全すべき法律上の義務があるとすることに疑問があるばかりでなく、藤井寺球場は前認定の如く昭和三年に完成して以来球場として存在し、昭和二五年以降プロ野球の試合場として使用されてきたのであり、申請人らがこれに苦情を述べた形跡は全く窺われないのであるからプロ野球興行の観覧場としてその性格を著しく改変するとでもいうのであれば兎も角、被申請人が時代の推移に応じてその従来の使用方法を拡充しようとすることにまで制約を加えることはできないものというべきである。

2次に、申請人らは本件増改築工事が実質的に都市計画法や建築基準法に違反すると主張する。

しかし、藤井寺球場の敷地である本件土地が都市計画法上の住居地域に指定されていることは前記のとおりであり、都市計画法第九条第三項が「住居地域は、主として住居の環境を保護するため定める地域とする。」と定め、これを承けた建築基準法第四八条第三項本文は住居地域における観覧場の建築を禁止していることは所論のとおりであるけれども、同条但書は「特定行政庁が住居の環境を害するおそれがないと認め、又は公益上やむを得ないと認めて許可した場合においては、この限りでない。」と規定しているのであつて、この規定によれば、例外的とはいえ右の条件を充せば住居地域内に観覧場を新設することも可能と解せられる(なお、同法第三条第三項第三号は、住居地域内の既存の観覧場等であつても、その増・改築等には同法の適用があることを定めたものであつて、増・改築等そのものを許さないものとする訳ではない)。そして、本件増改築工事がこれによつて藤井寺球場の従来のプロ野球の観覧場としての性格に変更を加えるものではなく、従つて右にいう観覧場の新設に当らないことは明らかであり、前記の如く、被申請人は昭和四八年五月一四日所轄官庁から本件増改築工事が建築関係諸法規に適合するものとしてその建築確認を受けているのである。しかも、<証拠>によると、本件土地の東側はすべて住居地域であり、本件土地から約一〇〇メートル東からは商業地域に指定されているのであつて、本件土地が住居専用地域の中の孤立した住居地域であるという訳ではなく、本件土地の東側の地域も次第に商店街化しようとしていることが、一応認められるのであつて、これらの諸点に照して考えると、本件増改築が形式的に前記各法律に違反するといえないことは勿論、実質的に観てもこれに違反するものと即断することはできない。

3申請人らは、また、藤井寺球場でプロ野球のナイター興行を行なうこと自体が不当であると主張する。

たしかに、前記の如く、被申請人はその前身の大鉄時代から藤井寺球場の周辺の土地を理想的な住宅地として分譲してきており、昭和三三年に近鉄球団の本拠地を実質的に日生球場に移転してからは、藤井寺教材園の敷地を日本住宅公団に売却したり、本来藤井寺球場の敷地の一部であつた球場に極めて近接した土地までを住宅地として売却しているのであつて、日生球場への右移転も藤井寺球場での観客動員が望めないため少しでも多くの観客動員が期待できる球場を求めて行なわれたことを考えると、被申請人は一旦は藤井寺球場をプロ野球の興行に使用することを断念したものと観られてもやむを得ないものがあり、また、<証拠>を対比しても、藤井寺球場には、プロ野球の理想的な観覧場としては、その周辺に多数の観客の流れと興奮とを吸収する余地の空間、すなわちオープン・スペースが不足していることを否定することはできない。

しかし、一方、<証拠>によると、現在近鉄球団がプロ野球興行に主として使用している日生球場は、元来大阪市から払下げを受けた土地に設けられた関係からアマチュア優先の方針が堅持されているため、大学野球や都市対抗野球の予選、高校野球大阪府予選等の試合の日程が決まつた後にプロ野球の日程が決められること、日生球場は大阪市内にあるために、同じく大阪市に根拠地を持つ南海球団及び西宮市に根拠地を持つ阪急球団からの申入れによつて、近鉄球団は当初日生球場で行う予定であつた試合のうち年間一五試合を日生球場以外の球場で行うことを余儀なくされていること、日生球場は二万五、〇〇〇人の観客が収容できると公称されているが、実際には二万人足らずの観客しか収容することができないところ、オールスターゲームや日本選手権シリーズ等の試合は三万人以上の観客を収容できる球場で行うことになつているため、近鉄球団がこれらの試合を行う際には実に他の球場を借用しなければならないこと、日生球場が使用球場であるため、被申請人が自由にその設備を改善することができず、近鉄球団も、練習は藤井寺球場でしながら、試合は日生球場でしなければならない等の不都合があること、オープン・スペースの不足も、必ずしも藤井寺球場に限つた問題ではないことが、一応認められる。そして、右認定事実に照らせば、日生球場の使用に伴う不便は同球場への移転当時予見し得た事柄であるとはいえ、実際に日生球場を使用して現実に種々の制約に悩まされた近鉄球団及び被申請人が、プロ野球球団として右のような状態から脱却するためにその本来の根拠地である藤井寺球場を充実させようとすることにも、首肯するに足る理由があるものと考えられる。

4更に、申請人らは、被申請人が藤井寺球場のナイター化を発表して以来付近住民とりわけ申請人らとの対応に誠実さを欠いたと主張する。

この点については、<証拠>を総合すると、次の事実が一応認められる。

(一)  被申請人は、昭和四八年三月二四日に本件増改築工事の確認申請をするに先立ち、同年二月二六日藤井寺市に対し藤井寺球場増改築計画の概要を説明して協力を求め、その後数回の説明会を催して折衝を重ねた末、同年四月二七日同市との間で右増改築工事に関し、(1)藤井寺市との連絡協議会の設置、(2)近鉄藤井寺駅舎の改造、(3)自動車対策、(4)球場周辺地区対策及び(5)周辺居住者の意見聴取の五項目を約束した確認書を取交したが、右確認書中の球場周辺地区対策としては、(イ)騒音対策、(ロ)テレビ電波障害、(ハ)ゴミの問題、(ニ)照明による虫害対策及び(ホ)防犯対策についてそれぞれ具体的な施策が掲げられていた。

これと併行して、被申請人は周辺住民とも交渉を重ね、同年六月三〇日には藤井寺市春日丘会と覚書を、同年七月一六日には春日丘団地羽曳野会と協定書を、それぞれ取交した外、藤井寺市内二一の地区の区長から前記確認書の諸条項を履行することを条件として右ナイター設備設置計画の実施について同意を得た。

(二)  ところが、申請人らを含む藤井寺球場周辺地区住民によつて結成された反対連合会は被申請人に対し同年五月二二日付の要請書によつて、(1)環境・公衆衛生に関する事項、(2)交通に関する事項、(3)犯罪・風紀・教育環境悪化に関する事項及び(4)その他ナイター設備・ナイター試合開催に基因して発生する生活環境悪化に関する諸事項の四項目に亘り詳細且つ具体的な対策事項を掲げて話合いを求めると共に、合意の成立するまでは藤井寺球場のナイター化に関する一切の工事をしないことを要求した。

右要請書に挙げられた諸対策は被申請人が前記確認書において藤井寺市に約束した諸施策と重複ないし同趣旨のものが多かつたけれども、その後三回に亘つて行われた被申請人と反対連合会との交渉は、被申請人側が十分な説明資料を持ち合せていなかつたことや、反対連合会側のナイター興行に伴つて発生する被害に対する危惧が強くナイター化反対の姿勢が固かつたことなどから、実質的な進展をみるに至らなかつた。

(三)  このような中で、被申請人は、前記の如く藤井寺市や地区の区長との合意が成立したことを踏まえて、同年七月一九日反対連合会に通知した上で本件増改築工事に着手し、更に、本件仮処分決定の後、昭和五三年四月一三日大阪府公害審査会へ調停を申立て、二五回に及ぶ期日を重ねて反対連合会に対する説得に努めたが、反対連合会がナイター化反対に終始したため、合意に達するに至らず、右調停は昭和五五年一二月三日不調に終つた。

(四)  しかし、その間被申請人は、藤井寺球場でナイター興行が行われた場合に発生することが予想される被害を除去ないし減少させるために、本体土地上にあつた駐車場を廃止し、観客に自動車での来場をしないよう呼びかけると共に、近鉄藤井寺駅の駅舎を一般通路としても使用できるよう橋上駅舎に改造し、従来は片側歩道であつた同駅から藤井寺球場に至る道路を両側歩道とする等の交通混雑緩和策を実施し、所轄警察署から藤井寺球場周辺一帯に駐車禁止区域の指定を受けた上、前認定の如く、試合当日には右周辺地域にガードマンを配置し、球場外壁に防音壁を設けた外、試合の際応援のための笛や太鼓の持ち込みを禁止し、球場内のスピーカーを小容量のものに取替える等の騒音対策等を実施した。そして、被申請人は、更に今後、春日丘団地の球場に面したアパートの全戸に二重窓とクーラーを取付け、前認定の如く内野席と外野席との間隙には、近隣住宅の日照・通風をも考慮して、試合の際だけに使用できる昇降式の遮音壁を設置する等の諸対策を予定しているのであつて、被申請人の以上の如き諸施策は藤井寺市との間の前記確認書の条項に添うものであり、また実施済みの諸方策はそれぞれに効果を発揮しつつある。

そして、右認定事実によると、被申請人の反対連合会に対する当初の対応には十分でない面がなかつたとはいえないけれども、その後反対連合会が文字通りナイター化の反対に終始する中で、被申請人は、申請人らの被害を防止し不安を解消するため、最善の方策をとりつつあるものというべきであるから、被申請人の申請人らを含む地区住民に対する対応を不誠実と評価することは公平を欠くものとしなければならない。

以上検討したところから自づから明らかな如く、右の諸点は、藤井寺球場でナイター興行が行われた場合に予測される申請人らの被害が先に認定した程度にとどまるにかかわらず、右被害が申請人らの受忍すべき限度を著しく逸脱したものとするに足る特別の事情に当るものとは到底いうことができないし、右の外にこのような事情を認めるべき疏明資料も見当らない。

九してみれば、結局申請人らの本件照明塔工事の続行禁止を求める仮処分申請は被保全権利の疎明を欠くことに帰着し、保証をもつて右疎明に代えさせることも相当とは認められないから、これを認容した原決定主文第一項を取消して右部分の仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を、仮執行宣言につき同法第七五条ノ二を適用して、主文のとおり判決する。

(中川臣朗 安藤裕子 原村憲司)

《別紙》――いずれも省略――

○物件目録

○工事内容目録

○別表(一)、(二) 球場周辺暗騒音値

○別表(三)、(四) 試合中の球場内騒音測定結果

○別表(五)1

○別表(五)2 道路に面しない地域の環境基準適合率

○別表(五)〃 道路に面する地域の 〃

○別表(六)

○別表(七) 藤井寺球場周辺環境騒音

○別表(八) 予測値(中央値)と暗騒音との比較

○別表(九) ピークレベルとその個数(第一回目)

○別表(一〇) 〃 (第二回目)

○別表(一一) 〃 (第三回目)

○別表(一二) 継続時間とその個数

○別表(一三) 出現間隔とその個数

○別表(一四)、(一五)、(一六)、(一七)、(一八)、(一九) 交通量調査結果

○別表(二〇) 路上駐車台数一覧表

○図面(一)〜(九)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例